亮祐は、20061227日に川崎病の後遺症による心筋梗塞で倒れ、3ヶ月程の点滴等の治療後、翌年331日に補助人工心臓を装着致しました。当時、国内での15歳未満の臓器提供は法律上禁止されていた為、10歳の亮祐には渡航移植を選択するしか生きるすべがありませんでした。多額の医療費が掛かる為、募金に頼らざるを得ない状況の中、どうしても息子を助けたいと思う一心で、小学校のPTA会長にご相談にあがりました。そして、PTAと地域の方々を中心として救う会を立ち上げて頂き、募金活動を開始して頂きました。暑い日も、雨の日も、風の日も、街頭で何度も頭を下げながら、募金を集めて下さいました。毎晩遅くまで、募金箱の管理や事務所運営など、時にはお仕事よりも募金活動に専念して下さいました。とても全部を言い表すことが出来ませんが、このような皆さんの厚いお気持ちは一生忘れる事はありません。

 全国の様々な団体や学校関係、少年野球関係、施設関係、個人の皆さまの温かいお気持ちのおかげで、亮祐はアメリカに渡航する事が出来、200834日に移植手術に成功し、64日には、元気な姿で日本に帰って来る事が出来ました。今年の34日で、移植してから無事に3年を迎える事が出来た事、現在拒絶反応もなく、毎日楽しく学校生活を送っている事、本当に幸せに思っています。これからも無事に過ごせる事を信じて、この度救う会は解散となりました。代表をはじめとする救う会の皆さま、地域の皆さま、全国の亮祐を応援して下さった皆さまには心から感謝いたしております。そして亮祐と私たち家族を救って頂いたことは生涯忘れることはありません。本当にありがとうございました。

平成23年10月19日

金子 豊・桂恵

 

 




3月4日、UCLA病院にて約10時間の手術により、亮祐の心臓移植が無事行われました。頂いた新しい心臓は亮祐の中でしっかりと鼓動してくれました。二回目の誕生を迎えた気持ちでとても感激しました。おかげさまでこの日を迎えることが出来ました。本当にありがとうございました。

今日までを振り返りますと、こうしてアメリカで移植手術を受けるのに、救う会での募金活動にご尽力頂いた方々、全国より募金をして下さった方々、亮祐を励まし、応援して下さった方々、私達家族を勇気づけ、支えて下さった方々、亮祐の治療に最善を尽くして下さった四つの病院、そして深い悲しみの中で、亮祐に新しい命を授けて下さったドナーとそのご家族、どれほどの人たちに私たちは助けられ、お力を頂いたのかと思うと、言葉には言い表せないほどの感謝の気持ちで一杯になります。またそれと同時に、ドナーの方のご冥福をお祈りし、今後は亮祐をドナーとご家族の分まで、より一層しっかり育てていかなければと気を引き締められます。

 心臓移植手術後は順調に行けば、1週間から10日で退院となります。1年3ヶ月ぶりに家族揃って食卓を囲むことができそうです。発症する前には思ったこともありませんでしたが、今はまずそれが待ち遠しいです。その後も問題が無ければおよそ3ヵ月後には日本に帰ることができるそうです。家に帰ることができるのです。
 しかし、移植医療というのは、手術をすることは始まりであって、その後、拒絶反応の危険や感染しやすくなった体を守るといった術後ケアを一生続けていくものだといわれています。時には苦しい治療もあると思います。薬も数多く飲み続けていくことになるでしょう。つらい時には、今日の事を思い出し、家族一丸となって乗り越えていこうと思います。

亮祐の命を、また私たち家族を助けて下さった皆様には、とても深く感謝しております。感謝とともに、私どもは感動もたくさん頂きました。本当に、本当にありがとうございました。

平成20年3月6日

金子 豊・桂恵





 この度は息子亮祐の為に全国の皆様からたくさんの温かいお気持ちをいただき、本当にありがとうございました。温かいお気持ちを下さった皆様のおかげで、心臓移植を受ける為の目標募金額を達成する事ができました。

 最初はあまりにも高額な目標額に、本当にそんな大金が集まるのかと私ども両親は不安で一杯でした。ですがスタートと同時に、救う会の方々の募金活動に対する熱意や、皆さんが亮祐を応援してくださっている姿を見て、きっと大丈夫だと思うことができました。

 募金へのご協力は全国から大勢の方に頂きました。特に学校関係やスポーツ関係の方々、私どものように病気の子を持つご両親、医療関係の方々には、大変ご支援頂きました。その方々以外にもたくさんの方が亮祐の為に募金活動にご協力下さいました。何とお礼を言っていいのか言葉も見つかりません。本当にありがとうございました。
 こうして皆様のお陰で、目標募金額を2ヶ月半という何とも早い期間で達成する事ができ、私どもは夢を見ているようです。
 また、募金活動中に頂いた全国からのたくさんのお手紙やプレゼントに、くじけそうになった亮祐も私ども両親も、どれだけ励まされ助けられたかわかりません。

皆様のおかげで亮祐は、来年早々にUCLA病院で受け入れて頂ける事になりました。そして心臓移植手術を受ける事ができます。全国の皆様のお気持ちに応える為にも、何としても元気になって帰って来たいと思っています。
 どうか皆様、それまで亮祐を温かく見守っていて下さい…

平成19年11月28日

金子 豊・桂恵



 この度は、息子亮祐を救う会での募金につきましては、会での活動にかかわる方々には大変ありがたく、また、ご支援・ご協力いただく方々はもちろん、各方面の方々のご尽力には心から御礼申し上げます。

 亮祐がこのような渡航移植をしなければ生きられないと判った時、私たちは絶望に近い感覚に陥りました。子供だからきっと心機能が回復して無事に戻ってこられると思い続けてきたからです。昨年の発症から3ヶ月間は強心剤などの点滴により、心臓の機能を支えながら、心筋梗塞によってダメージを受けた心筋が回復してくることを願って、とても苦しい治療に耐えていた亮祐を私たちはただ見守り続けることしか出来ませんでした。亮祐は本当に治ろうと思って頑張ってくれました。先生、看護師の病院の方々も一生懸命に治療してくれました。しかし、亮祐の左心は、二度と動いてはくれませんでした。

 そうとなれば、今度は私たちが亮祐を助ける為に出来ることは渡航移植をすることしかありません。国内では子供の移植はすることができないからです。移植に関していろいろ調べましたが、その費用は私たちではとても工面することができないものでした。このことを小学校のPTAで取り上げて頂き、会の発足をしていただきました。みなさまの善意にすがるしかない状況をご理解頂き、ご協力いただければ幸いです。どうかよろしくお願い申し上げます。


                                                                                     

                          平成19年9月1日

                            金子 豊・桂恵

 



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 両親よりご挨拶

 

PTAのみなさまにお願いした文書です。

 

 亮祐を助けて下さい

昨年の12月26日に突然胸の痛みを訴え、27日未明、大佐和分院で受診しました。血中酸素濃度が異常に低く、レントゲンの結果、肺に水が溜まっているとの事で即、君津中央病院に搬送されました。その場で人工呼吸器が着けられ、集中治療室に連れて行かれました。私共は、何が起こったのか分からないまま、その場で何時間も待ちました。何時間かして、やっと医師が出てきました。どうも、慌てている様子で、説明をしてくれようともしませんでした。何が起きているのやら、不安で胸が張り裂けそうになりました。それからまたしばらく待って、ようやく説明を受けました。「心筋梗塞だった。」と…  亮祐の心臓の、左冠動脈の根元の部分が、完全に塞がっているとの事でした。私共は、目の前が真っ暗になり、医師が何を言っているのかが、わからなくなってしまいました。「この部分が塞がっては、まず助からない。」とまで言われました。どうも、昨年の5月にかかった、川崎病の後遺症だったらしいのです。ところが、心臓の右側(全体の20%)が動いているという事で、何とか意識がないままの治療が始まりました。器械と点滴に囲まれて、体に触れる事すらもままならない状態で、私共は、泣き暮らす日々が何日も続き、神にもすがるような思いで、回復を祈りつづけました。しかし、容体は回復せず、1月30日に千葉大病院に搬送されました。内科的治療で、何とか良くなればと思っていましたが、容体は非常に危険な状態にまで悪化してしまい、医師から「補助人工心臓を装着しないと命を落としてしまう。その手術を受けるまでにも、命を落としてしまう可能性があることを、念頭に入れておくべきです。」と言われましたが、3月22日に東大病院にヘリ搬送になり、31日には補助人工心臓装着の手術を受ける事ができました。その後の経過は良く、今は落ち着いたように見えますが、今のままでは、亮祐は生きてはいけません。今の心臓では生きてはいけないのです。亮祐に残された道は、心臓移植しかありません。ですが日本の法律では、15歳未満の臓器提供は、認められていません。渡航移植しか道がないのです。渡航移植には、多額の医療費が掛る為、私共ではとても用意する事が出来ません。移植支援団体の方に相談したところ、募金活動によって集めるしかないと言うのです。みんなに会いたくて、学校に行きたくて仕様がない亮祐を、どうか、助けて下さい。お忙しいみなさんにこういう事をお願いするのは、とても心苦しいのですが、みなさんのお力にすがるしかないのです。お願いです。どうか、どうか、亮祐を助けて貰えないでしょうか。

                           金子 豊・桂恵 

                                         


 

 
 

 

りょうすけ君を救う会